大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所八王子支部 昭和36年(ワ)142号 判決 1963年4月18日

判   決

東京都西多摩郡福生町牛浜五十四番地

原告(反訴被告)

田中興業株式会社

右代表者代表取締役

田中重芳

右訴訟代理人弁護士

並木俊守

同都杉並区向井町百九十三番地

被告(反訴原告)

鈴鹿住宅有限会社

右代表者代表取締役

下井久枝

右訴訟代理人弁護士

磯崎良誉

右訴訟復代理人弁護士

儀同保

田利治

右当事者間の前記事件について、当裁判所は、昭和三十八年二月二十一日終結した口頭弁論に基いて、次のとおり判決する。

主文

原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し本判決言渡しの日から二箇月以内に、東京都杉並区向井町百九十番地所在のブロツク建陸屋根三階建店舗兼アパート一棟について、屋内の上水及び下水の施設の漏水個所を修補せよ。

前項の修補が完了したとき、原告(反訴被告)は被告(反訴原告)から金百四十万円の支払を受けるのと引換に、被告(反訴原告)に対し金三百十万二千五百五十円及びこれに対する昭和三十七年十二月十二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し金一万六千百六十五円及びこれに対する昭和三十七年十二月十二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。その余の原告(反訴被告)被告(反訴原告)の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、本訴反訴を通じて全部原告(反訴被告)の負担とする。

事実

原告(反訴被告以下原告と略称する)訴訟代理人は、本訴につき、「被告(反訴原告以下被告と略称する)は原告に対して金百四十万円及びこれに対し、内金二十万円に対しては昭和三十五年四月十六日より、内金二十万円に対しては同年五月十六日より、内金二十万円に対しては同年六月十六日より、内金二十万円に対しては同年七月十六日より、内金二十万円に対しては同年八月十六日より、内金二十万円に対しては同年九月十六日より、内金二十万円に対しては同年十月十六日より右各金員完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを、反訴につき、「被告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、本訴の請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は被告より昭和三十四年八月二十六日、被告のため杉並区向井町百九十番地地上にブロツク建陸屋根三階建店舗兼アパート一棟(アパートの部分である三階が八室、同じく二階が五室の各和室からなり、店舗の部分である一階は間仕切りをもつて区劃された四個の店舗からなるもの、以下本件建物と略称する。)を建築して引渡すべきことを依頼され、同日この建築を代金七百三十万にて請負つた。

二、右建築請負については、同九月一日に建築に着手して、同年十二月二十七日迄に完成すること。代金は分割払とし、同年八月二十六日金三十万円、同年九月一日金百万円、同年十月一日金百万円、同年十一月一日金百万円、同年十二月一日金二百万円を支払い、残金二百万円は同三十五年一月十五日以降毎月十五日毎に金二十万円ずつを同年十月十五日迄合計十回にわたつて支払うことを約した。(以下本件請負契約と略称する。)

三、その後被告よりの申し出にもとずき当初の設計の内容を次のとおり変更した。

(1)  一階の部分が四区画であつたのを、間仕切りは設けず単に床に線を施して区画を示し七区画とする。

(2)  一階の南面外側は、出入口を各区画毎に一箇ずつ合計四箇設ける予定であつたが、右間仕切りをなくしたことに伴い、出入口を一箇所だけとし、別に窓を三箇所に設ける。

(3)  一階の北面道路に面する部分は、各間仕切り毎に出入口(木製のもの)四箇所を設ける予定であつたが、出入口を二箇所に減らし、同出入口と従来出入口とすべきところに設けることにした窓は、すべてスチールサツシユにする。

(4)  一階には普通電灯八箇設ける予定になつていたが、螢光灯三十個設ける。

(5)  二階に室内消火栓一箇を新たに取り付ける。

(6)  建物の中央部分に井戸を掘り、一階中央に吸水ポンプを設け、ここより屋上タンクに送水管を設ける。

(7)  建物南側に一階より二階に至る鉄製非常階段を、建物東側に二階より三階に至る鉄製非常階段をそれぞれ設ける。

四、ところが右建築についての東京都知事の許可が予定より一箇月以上遅れて、ようやく同年十月五日に至つて下りたので、原告は直ちに建築に着手した結果、同三十五年三月末日に至り建築を完成して同日被告に引渡した。

五、この間被告は建築着手に遅れた事情を了解し、又工事の完成が天候の不良、右に述べた設計の変更などで遅れたことについて承諾していた。そして原告は被告から同三十四年八月二十六日金三十万円、同年九月十二日金百万円、同年十月五日金百万円、同年十一月四日金百万円、同年十二月一日金二百万円、同三十五年一月十九日金二十万円、同年二月二十二日金二十万円、同年三月十五日金二十万円以上合計金五百九十五万円の支払を受けた。

六、ところが、被告は、同年四月十五日以降毎月十五日限り支払うべき残金百四十万円の支払をしない。そこで原告は被告に対し、右請負代金残額金百四十万円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払ずみに至るまで年六分の割合の商事法定利率の遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだ。

被告の反訴請求原因事実について、次のとおり述べた。

一、の事実並びに二、の(一)の「昭和三十四年九月一日から基礎工事に着手した」こと、(二)の「最初の約定の工事が完成しなかつた」こと、「被告から一回文書で催告を受けた」こと、(三)の「本件建物の引渡しがなされた」こと、三、の「本件建物の屋上屋根の仕様が被告の主張どおりである」こと、「被告から同三十五年八月五日付内容証明郵便を受けとつた」こと四、の「本件建物に隣接した建物を破損した」ことはこれを認めるが、その余の事実はすべて争う。

但し、一、の(一)の(2)の事実は、建築業者の結ぶ契約の標準として作成された用紙をそのまま用いて契約を締結したものであるから、その工事期間延長の条項も、理由書を附さない限りこれを請求できないわけではなく、口頭でも請求できる趣旨であつた。又四、についても同三十五年四月末迄に修理を完了し、被告もこれを承認している。

立証<省略>

被告訴訟代理人は、本訴につき、「原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、反訴として「原告は被告に対し、金三百十二万二千七百十五円及びこれに対する昭和三十七年十二月十二日以降右金員の支払に至るまで年五分の割合による金員を支払え。原告は被告に対し本判決言渡しの日から二箇月以内に東京都杉並区向井町百九十番地所在のブロツク建陸屋根三階建店舗兼アパート一棟について屋内の上水及び下水の施設の漏水個所を修補せよ。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決と、仮執行の宣言とを求め、本訴に対する答弁として次のとおり述べた。

原告請求原因事実中一、二の事実三、の(1)ないし(3)三、の(6)の「一階中央に吸水ポンプを設け、ここより屋上タンクに送水管を設ける」ように設計が変更された事実、五、の請負代金内金を合計金五百九十万円を支払つた事実、六、の請負代金残額金百四十万円の支払をしていない事実はいずれもこれを認める。四、の「建築についての東京都知事の許可が予定より一箇月以上遅れて漸く昭和三十四年十月五日に至つて下りた」との点は不知。その余の主張事実はすべて否認する。(なお、後記七において同時履行の抗弁権予備的に相殺を主張する。)

被告は反訴請求の原因として次のとおり述べた。

一、請負契約の内容

(一)  被告は、同年八月二十六日 原告に対し、本件建物を建築する工事を注文し、同日両者の間に本件請負契約が成立した。その契約の内容は原告主張の請求原因一、二に記載してあるところのほか次の事項を内容とするものである。

(1)  請負者は、別に作成する図面及び仕様書に基き、請負代金七百三十万円をもつて同年十二月二十七日までに工事を完成すること。

(2)  請負者は、工事に支障を及ぼす天候の不良その他請負の責に帰すことのできない事由または正当の事由により工期内に工事を完了することができないときには、注文者に対して遅滞なくその理由書を附して工期の延長を求めることができる。ただしその延長日数は、注文者、請負者協議してきめる。

(3)  注文者は、必要がある場合には工事内容を変更し、もしくは工事を一時中止し、またはこれを打ち切ることができるこの場合において請負代金又は工期を変更する必要があるときは、注文者、請負者協議して定めるものとする。

(4)  契約書に定めてない事項については、必要に応じて注文者、請負者協議の上定めることとする。

(二)  そして、原被告は、右契約条項(1)に定めるところにより、請負工事の内容の詳細を明らかにするため、図面十五葉を作成したほか、原告作成の同年八月四日付見積書、さらにそれらを補う趣旨で「鈴鹿#3建築追加仕様書」なる文書が作成された。

(三)  前記の契約内容によれば、本件建物は、アパートの部分である三階が八室、同じく二階が五室の各和室から成り、店舗の部分である一階は、間仕切りをもつて区画された七個の店舗から成つていたが、後に原被告協議の上一階については構造が簡素化されて、間仕切りを設けず、単に床に線を画して店舗七個の区画を明示することに止めるよう設計が変更された。

二、履行遅滞による損害の賠償請求

(一)  原告は、同年九月一日被告の代表取締役下井久枝参列のもとに、前記契約による工事場所で地鎮祭を施行したのち直ちに基礎工事に着手した。しかるところ、原告はその後工事施行の熱意を欠き、日々現場へ繰込む人夫の数も二、三人を出ず、工事は遅々として捗らなかつた。被告の代表取締役下井久枝は、毎年十二月中はアパートの部屋借入れの申し込みの多いことを従前の経験から知つていたので、約定の期限までに本件建物が完成されてその引渡を受けることを希望していた。そこで右下井久枝またはその代理人下井勝治は、同年十月五日、十一月四日及び十二月一日請負代金の割賦金を支払う都度直接口頭をもつて、また、その他の機会に電話をもつて、原告会社代表取締役田中重芳または同会社の他の職員に対して約定工期までに工事を完成されたい旨を申し入れた。

(二)  しかるに、原告は約定の工期である同年十二月二十七日までに工事を完成しなかつた。

被告は同三十五年に入つて後も文書又は口頭をもつて再三工事の完成を原告に督促し、原告はその都度至急工事を完成する旨回答したが、同年四月二十四日には、同日付の文書をもつて残存工事を同月二十八日までに完成すべきこと、並に万一右期限を徒過した場合にはいかなる処置を受けても異存なきことを被告に確約した。

(三)  原告は、同年四月末日にようやく本件請負工事を完成したとして被告に対し本件建物の引取り方を懇請した。被告はこれを点検したところ不満の点があつたが、貸室予約者に工事完成を待たせてあつた関係上右の不備は速やかに修補追完を受ける約定のもとにその引渡を受けた。

(四)  原告の前記のごとき本件請負契約による債務の履行遅滞より被告は次のごとき損害をこうむつた。

(1)  同年一月一日から同年四月末日までの間本件建物の三階八室及び二階五室を賃貸することができなかつたため、

(イ) 三階八室分の賃料月額金四万三千五百円、二階五室分の賃料月額金四万二千五百円、合計金八万六千円の四箇月分金三十四万四千円の得べかりし利益を失つた。

(ロ) 三階八室分の敷金十六万円、二階五室分の敷金十四万円合計金三十万円の年利率五分の割合による四箇月分の利息金五千円の得べかりし利益を失つた。

(2)  同年一月一日から同年四月末日までの間本件建物の一階の店舗七区画を賃貸することができなかつたため、

(イ) 右店舗七区画の賃料月額金七万六千円の割合による四箇月分金三十万四千円の得べかりし利益を失つた。

(ロ) 右店舗七区画の敷金合計金二百二十八万円を取得し得ず、右の金員に対する年利率五分の四箇月分の利息金三千八百円の得べかりし利益を失つた。

三、不完全履行による損害の賠償請求

(一)  本件請負契約では、本件建物の屋上屋根は(1)防水したスラプコンクリートとし、十糎の傾斜をもたせること、(2)型板鉄筋、厚さ四寸のコンクリートを以つて掩い、さらに厚さ一寸の防水モルタルを施す約定であつた。しかるに、原告が約旨に従つて屋根工事を施行しなかつたため、被告が本件建物の引渡を受けて間もない同年六月中に右建物の屋上に亀裂を生じ、その結果被告は次のごとき損害をこうむつた。

前記屋上の亀裂のため同年六月頃以降三階及び二階に雨漏がして貸室賃借人から苦情が続出したため、被告は、同年八月五日付翌六日到着の内容証明郵便をもつて原告に前記屋根の修補を請求したが、原告がこれに応じないので、やむなく同年十一月四日大和工業株式会社に代金十八万円をもつて請負わせ、屋上全部にわたる修補工事を施行し、同年十二月十一日右会社に対し、請負代金十八万円を支払つた。右は原告の施行した本件建物の瑕疵により生じた損害であるので、その賠償を請求する。

(二)(1)  被告は、同年四月末日本件建物の引渡を受けたが、その三階及び二階に施設した上水及び下水の施設工事が不完全なため常時漏水がある。また三階及び二階の南側に張り出したベランダの工事施工上の不備(ベランダを水平に設置したこと並びにベランダに降り注ぐ雨水を排水するに足る設備をしなかつたこと)のため、ベランダの上に降つた雨がベランダと壁面の接着点から壁を通して屋内に滲透し、それが上水及び下水の漏水と合して三階及び二階の床下に溜り、常時二階及び一階の天井を通して下方に滴り落ちている。一階への漏水は二階へのそれよりも多く、ために一階に配線した電灯線及び動力線にもつたわり、漏電の危険があつて電気の使用ができず、また右の漏水のため一階の天井四箇所に直径約一米五十糎の灰緑色の汚染を生じ、右店舗の外観を著しく害している。

(2)  右のような情況にあるため、被告は本件建物の一階店舗の部分を賃貸し得ず、そのため同年五月一日から同三十七年七月末日まで毎月金七万六千円の割合による賃料相当額の損害金と二の(四)の(2)の(ロ)で述べた敷金の利息相当額の損害、総額合計金二百七万七千六百五十円の損害をこうむつた。

(三)  また、被告は本件訴訟係属後原告から本件建物の前記漏水の個所の補修を受けられず、一方借室人から強硬な修繕要求があつた。そのため被告は同三十七年六月二十日頃建築請負業杉本永蔵に、また同年八月十五日頃株式会社松田工務店に注文して、(1)三階及び二階の各室の南側の壁の上部の隙間からの雨水の浸透を防止するため同所をコンクリートで塗り固める工事、(2)三階及び二階の南側のベランダに降り注ぐ雨水が壁際から屋内に浸透するのを防止するため、雨水の排水をよくするためベランダのコンクリートを塗り替える工事、(3)一階天井の汚染個所の張替工事等を施行させ、杉本永蔵には同年七月十四日金十一万七百円、株式会社松田工務店には同年八月二十五日金四万二千九百円の工事代金を支払い、よつて合計金十五万三千六百円相当の損害をこうむつた。

(四)  また、原告から本件建物の漏水個所の修補を受け得られなかつたため、二階五号室の借室人村島丞治との間に紛争を生じ、修繕義務不履行を理由に同三十七年五月分から同年十一月分まで一箇月金五千五百円の割合による合計金三万八千五百円の賃料の支払を受けられず、右金額に相当する損害をこうむつた。

四、被告所有建物の修補契約不履行による損害賠償請求

(一)  原告は、同三十四年九月一日から同三十五年四月末日にわたり本件請負契約による工事を施行した際、本件建物の工事現場に隣接する被告所有の杉並区向井町百九十三番地所在木造瓦、トタン交葺二階建アパート一棟建坪三十坪、二階三十坪の屋根、外壁及び雨樋の一部を破損した。原告は同三十五年四月末日頃被告に対して右破損部分を修補することを約したが、これを履行しない。

そこで被告は、同年十月十日頃代金一万六千百六十五円をもつて斎藤政二に請負わせてこれを修理し、同月二十二日右の代金を支払つた。右は原告の債務不履行による損害であるので、その賠償を請求する。

(二)  仮りに同年四月末日頃、原被告間に前記合意が成立しなかつたとしても、前記損害は原告の本件請負工事施行の際の故意又は過失による損害であるから、予備的にその賠償を請求する。

五、よつて被告は原告に対し、前記二、の(四)三、及び四、の各損害の総額金三百十二万二千七百十五円及びこれに対する同三十七年十二月十二日以降右金員完済に至るまで年五分の率による遅延損害金の支払を請求する。

六、瑕疵修補請求

被告が原告から引渡を受けた本件建物には、前記三、の(二)の記載の瑕疵があつた。そのうち、三階及び二階の南側に張り出したベランダの瑕疵並に一階天井の汚染個所は、前記三、(三)の記載のとおり被告において修補したが、三階及び二階の上水及び下水の施設の瑕疵は被告の請求にもかかわらず原告は未だこれを修補しないままになつている。

よつて被告は、本訴において原告に対し、本判決言渡しの日から二箇月以内に前記上水及び下水の施設の瑕疵を修補することを請求する。

七、原告の本訴請求について

(一)  被告は、請負残代金債務金百四十万円につき民法第六百三十四条第二項の規定により同時履行の抗弁を主張する。

本件建物の工事には前記三、の(二)の(1)並びに六、記載の瑕疵があつて原告はこれを修補する義務があり、また原告は被告に対し三、の(一)、三、の(二)の(2)、三、の(三)及び三、の(四)の損害を賠償すべき義務がある。よつて原告は被告に対し、右の瑕疵を修補し、かつ右の損害を賠償するまで被告は同条項の規定により残代金百四十万円の支払を拒絶するものである。

(二)  仮に右(一)の主張が容認されないとすれば、被告は本訴において原告に対し前記二、三、の(一)ないし(四)及び四、記載の損害賠償請求権と残代金債務金百四十万円とを対等額において相殺する。

立証<省略>

理由

原被告間に、昭和三十四年八月二十六日その主張の如き内容の建築請負契約がなされたこと、本件建物の建築につき、原告は、同年九月一日から基礎工事に着手したが、約定の工期である同年十二月二十七日迄に完成することができず、翌三十五年に至つて本件建物の引渡をしたことについては、当事者間に争のないところである。

<証拠―省略>を綜合すると、次の各事実を認めることができる。

一、〔工事遅延の経過と工事の瑕疵〕

(一)  〔工事遅延の経過〕

(1)  原告は、昭和三十四年九月一日、被告の代表取締役下井久枝参列のもとに、本件工事現場で地鎮祭を施行したのち、直ちに、基礎工事に着手した。(原告が同日基礎工事に着手したことについては、当事者間に争がない。)

(2)  しかるところ、原告は、その後工事施行の熱意を欠き、日々現場へ繰り込む人夫の数も、二、三人を出ず、工事は遅々として捗らなかつた。被告の代表取締役下井久枝は、毎年十二月中は、アパートの部屋の借入申込みの多いことを従前の経験から知つていたので、約定期限までに本件建物が完成されて、その引渡しを受けることを希望していた。そこで、右下井久枝またはその代理人である下井勝治は、同年十月五日、十一月四日および十二月一日請負代金の割賦金を支払う都度直接口頭をもつて、また、その他の機会に電話をもつて、原告会社代表取締役田中重芳または同会社の他の職員に対して約定工期までに工事を完成され度い旨申し入れた。

(3)  しかるに、原告は、約定の工期である同年十二月二十七日までに工事を完成しなかつた。被告は、同三十五年に入つてからも、文書または口頭をもつて再三工事の完成を原告に督促したが、原告はその都度至急工事を完成する旨回答するのみであつた。そこで原告には、同年四月二十四日、同日付の文書をもつて残存工事を同月二十八日までに完成すべきこと、ならびに万一右期限を徒過した場合においては、いかなる処置を受けても異議なき旨被告に確約させた。

(4)  原告は、同年四月末日に至つて、ようやく本件請負工事を完成したとして、被告に本件建物の引き取り方を申し込んで来た。被告は、本件建物を点検したところ、工事不備の点が多くあつたが、貸室予約者に工事完成を待たせてあつた関係上、右の不備の各所を速やかに修補追完を受ける約定のもとに、その引渡しを受けた。

(二)  〔工事の瑕疵〕

(1)  本件請負契約では、本件建物の屋上屋根は、防水したスラブコンクリートとし、十糎の傾斜をもたせること、型板、鉄筋、厚さ四寸のコンクリートをもつて掩い、さらに厚さ一寸の防水モルタルを施す約定(右約定については当事者間に争がない。)であつた。しかるに、原告が約旨に従つて誠実な屋根工事をしなかつたため、同年六月中には早くも屋上に亀裂を生じた。右屋上の亀裂のため、同年六月頃以降本件建物の三階及び二階に雨漏がして、貸室賃借人から苦情が続出するようになつた。被告は、同年八月五日付内容証明郵便をもつて、原告に前記屋根の修補を請求した。(同郵便を原告が受け取つたことは、当事者間に争がない。)しかるに原告は該請求に応じないので、やむなく、同年十一月四日大和工業株式会社に代金十八万円をもつて請負わせ、屋上全部にわたる修補工事を施行し、請負代金十八万円を支払つた。

(2)  本件建物の三階及び二階に施設した上水及び下水の施設工事が不完全のため常時漏水する。また、三階および二階の南側に張り出したベランダの工事が、(イ)ベランダを水平に設置したこと、(ロ)ベランダに降り注ぐ雨水を排水するに足る設備をしなかつたこと、のため、ベランダ上に降つた雨が、ベランダと壁面の接着点から壁をとおして屋内に滲透し、それが上水及び下水の漏水と合して、三階および二階の床下に溜り、常時二階および一階の天井をとおして下方に滴り落ちている。一階の漏水は二階へのそれよりも多く、ために、一階に配線した電灯線および動力線にもつたわり、漏電の危険があつて電気の使用ができず、また、右の漏水のため、一階の天井四箇所に、直径約一米五十糎の灰緑色の汚染を生じ、右店舗の外観を著しく害した。

(3)  右のような状況にあるため、被告は、本件建物一階店舗の部分を同三十五年五月一日から同三十七年七月末日まで賃貸することができなかつたこと。

(4)  被告は、原告に本件建物の右漏水箇所の修補を請求したが、原告はこれに応ずる様子もないので、同三十七年六月二十日頃、建築請負業者杉本永蔵に、また同年八月十五日頃株式会社松田工務店をして、(イ)三階及び二階の各室の南側の壁の上部の隙間からの雨水の滲透を防止するため、同所をコンクリートで塗り固める工事、(ロ)三階および二階の南側ベランダの雨水の排水をよくするため、ベランダのコンクリートを塗り替える工事、(ハ)一階天井の汚染箇所張替工事を施行させ、右杉本永蔵には、同年七月十四日金十一万七百円、右株式会社松田工務店には、同年八月二十五日金四万二千九百円をそれぞれ支払い、よつて、合計金十五万三千六百円の工事代金を支払つた。

(5)  また、被告は、原告から本件建物の漏水箇所の修補を受けられなかつたため、二階の五号室の借室人村島丞治との間に紛争を生じ、修繕義務不履行を理由に、同三十七年五月分から同年十一月分まで、一箇月金五千五百円の割合による合計金三万八千五百円の賃料の支払を受けることができなかつた。

右認定に反する証人<省略>の証言部分と、原告会社代表者田中重芳本人尋問の結果は信用しない。

二、〔修補請求に対する判断〕

一、の(二)の(2)で認定したとおり、本件建物には、三階および二階に施設した上水および下水の工事に瑕疵がある。しかして、該瑕疵は、本件請負契約上の義務履行の範囲に属するものであること明らかであるから、原告は被告の請求どおり、本判決言渡しの日から二箇月以内にこれが漏水箇所を修補すべき責任を負うものと言わなければならない。

三、〔修補に要した損害額〕

一、の(二)の(1)の屋上屋根の工事の瑕疵、一、の(二)の(2)のベランダ設置およびベランダ排水に関する工事上の瑕疵は右同様本件請負契約の範囲に属する。しかるに、原告は被告の修補請求に応じないので、被告はやむなくこれを自から修補したことは前記認定のとおりである。被告はその修補工事費として、一、の(二)の(1)の大和工業株式会社に支払つた代金十八万円、一、の(二)の(2)の杉本永蔵に支払つた代金十一万七百円、株式会社松田工務店に支払つた代金四万二千九百円、合計金三十三万三千六百円と同額の損害をこうむつたこととなる。

四、〔工事不完全のため生じた損害額〕

(一)  一、の(二)の(3)の期間一階店舗を賃貸することができなかつたことも原告の責任によるものであること明らかである。(右店舗の借受希望者があつて、右期間内賃貸できる状態にあつたこと、右店舗の月額賃料、敷金および月額利息の額は、後記五、の(二)において認定したとおりである。)したがつて、被告は、右期間内、その賃料および敷金の利息相当額のうべかりし利益の損害をこうむつたものというべきである。しかして、その損害額は、賃料月額金七万六千円、敷金利息月額金九百五十円であるから、総額合計金二百七万七千六百五十円となること計数上明らかである。

(三)  一、の(二)の(5)の損害も、原告の本件建築工事の瑕疵によること明らかであるから、被告は合計金三万八千五百円の賃料と同額の得べかりし利益の損害をこうむつたこととなる。

五、〔工事遅延による損害額〕

(一)  原告は、本件建物の工事期間の延長について、(1)被告が、反訴請求原因一、の(2)で主張する本件請負契約の条項には拘束されないこと、したがつて、工事期間の延長は口頭にても請求できるものであること、(2)本件工事期間の延長に関しては、建築許可の遅延、天候の不良、設計の変更などの正当な事由が生じたので、その都度これを口頭で被告に申し入れ、その承諾を得ていた旨主張する。しかしながら、原告の言うように、本件において工期の延長が口頭によつて請求できるものとしても、原告が被告に対してこれを請求し、被告の承諾を得ていたものと認めるに足る証拠はなにもない。

ただ、原告代表者田中重芳本人尋問の結果によると、右主張にそう供述がなされているが、これは前記認定事実に照し到底信用することのできないものであり、したがつて、この点に関する原告の主張は採用しないこととする。

(二)  原告は、一、の(一)において認定したとおり、本件工事の完成義務を同三十四年十二月二十八日から同三十五年四月末日迄の間遅滞した。

証人<省略>の各証言と被告代表者下井久枝本人尋問の結果とによると、本件建物の貸室および貸店舗は、当時から現在に至る迄借受け希望者が多く、被告は、本件建物完成と同時にこれ等を貸与し、同三十五年一月分からこれが賃料を得ることができる状況にあつたことが認められる。

したがつて、被告は同年一月一日から同年四月末日までの間、賃料および敷金の利息相当額の得べかりし利益を失つたこととなる。

鑑定人<省略>の鑑定の結果によると、本件建物三階八室分の賃料は月額合計金四万三千円、二階五室分の賃料は月額合計金四万二千円、一階店舗七区画分の賃料は月額合計金七万六千五百円が相当賃料であることが認められる。

そうすると、被告反訴請求原因二、の(四)の(1)の(イ)で主張する三階八室分の賃料月額合計金四万三千五百円は、金四万三千円の限度において、二階五室分の賃料月額合計金四万二千五百円は金四万二千円の限度において認容することができる。

また同じく被告の主張する二、の(四)の(2)の(イ)一階店舗七区画分の賃料月額合計金七万六千円、二、の(四)の(1)の(ロ)の三階八室分の敷金合計金十六万円、二階五室分の敷金合計十四万円、合計金三十万円、二、の(四)の(2)の(ロ)の一階店舗七区画分の敷金合計金二百二十八万円は、いずれも右鑑定の結果による相当賃料の額に対比し、又当該賃料につり合つた合理的な敷金の額として相当なるものと言うべきである。

よつて、被告が右の期間中失つた得べかりし利益の額は次のとおりである。

(1)  三階八室分の賃料月額合計金四万三千円、二階五室分の賃料月額合計金四万二千円、四箇月分の合計金三十四万円。

(2)  三階八室分の敷金十六万円、二階五室分の敷金十四万円、敷金合計金三十万円、これに対する年利率五分の割合による四箇月分の利息金五千円。

(3)  一階店舗七区画分の賃料月額合計金七万六千円、四箇月分の合計金三十万四千円。

(4)  一階店舗七区画分の敷金合計金二百二十八万円、これに対する年利率五分の割合による四箇月分の利息金三万八千円の内金三千八百円。(年利率五分の割合による一箇月分の利息は金九千五百円であるが、被告は内金九百五十円の限度で請求する。)

以上(1)ないし(4)を合計する金額が、金六十五万二千八百円となることは計数上明らかなところである。

六、〔同時履行の抗弁権に対する判断〕

被告が、本件請負代金残額金百四十万円を原告に支払つていないことは当事者間に争のないところである。

一方右の三、ないし五、の総合計金額金三百十万二千五百五十円は、右認定のとおり、本件請負契約にもとずく請負人の担保責任に属し、原告の支払うべき損害賠償額であるから、原告は被告に対し、右金員とこれに対する同三十七年十二月十二日以降完済に至るまで年利率五分の割合による民事法所定の遅延損害金の支払をする義務がある。

ところで、右請負残代金と損害賠償金とは、同時履行の関係に立つものであるから、原告は、主文第一項の修補を完成し、右請負残代金の請求ができるに至つたときは、主文第二項記載のとおり、原告は被告から右残代金百四十万円の支払を受けると引換に被告に対し損害賠償として金三百十万二千五百五十円およびこれに対する同三十七年十二月十二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をしなければならない。

七、〔隣接建物修繕義務に対する判断〕

原告が本件請負工事を施行した際、本件建物の工事現場に隣接する被告所有の東京都杉並区向井町百九十三番地所在木造瓦、トタン交葺二階建アパート一棟、建坪三十坪、二階三十坪、の屋根、外壁および雨樋の一部を破損したことは当事者間に争のないところである。

原告は、右破損個所は同三十五年四月末日迄に修理を完了し、被告もこれを承認している旨抗争するので判断する。

<証拠―省略>によると、原告は当時被告に対して、右の破損個所を修理する旨約したが、一向に修理をしないので、被告は止むなく同三十五年十月十日頃代金一万六千百六十五円をもつて斎藤政二に請負わせ、右個所を修理させた。そして同年同月二十二日、右金額を代金として同人に支払つたことが認められ、(中略)その他、右認定を覆えすに足る証拠も見当らない。

そうすると、被告は原告の右債務不履行によつて、金一万六千百六十五円の出費を余儀なくされ、右と同額の損害をこうむつたものであるから、原告は被告に対し右金額およびこれに対する同三十七年十二月十二日以降完済に至るまで民事法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをしなければならない。

八、〔結論〕以上判断したとおり、原被告の各請求中、右認定の限度において、(被告の反訴請求原因四、の(二)については判断をするまでもなく)正当であるから、これ等を認容することとし、その余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却することにする。

訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条、第九十二条を夫々適用して、本訴反訴を通じて全部原告の負担とし、仮執行の宣言は付されないこととし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所八王子支部

裁判官 石  藤太郎

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例